かつて、家庭における映像視聴と録画の主役として一時代を築いたビデオカセット「VHS」。棚にずらりと並んだ映画のビデオテープや、テレビ番組を録画した思い出を持つ方も多いのではないでしょうか。しかし、あれほど普及したVHSは、いつの間にか私たちの生活から姿を消しました。その背景には、映像技術の劇的な進化と、視聴スタイルの大きな変化がありました。

1970年代後半に登場したVHS(Video Home System)は、家庭用ビデオ規格の覇権争いを制し、瞬く間に世界中へ普及しました。映画ソフトの販売やレンタルビデオ店の隆盛を支え、家庭で好きな時に好きな映像作品を楽しめるという、新たな文化を創造しました。また、テレビ番組を気軽に録画できるようになったことで、人々のライフスタイルにも大きな影響を与えました。最盛期の2000年代初頭まで、VHSはまさに録画メディアの「王様」でした。しかし、その牙城は、新たな技術の登場によって静かに、しかし確実に崩れ始めます。

VHS衰退の直接的なきっかけとなったのは、1990年代後半に登場した「DVD(Digital Versatile Disc)」です。DVDはVHSと比べて多くの優位点を持っていました。まず、画質と音質が飛躍的に向上し、VHSがアナログ記録であるのに対し、DVDはデジタル記録。劣化のないクリアな映像と音声は、多くの人々を魅了しました。テープの巻き戻しや早送りをせずとも、見たい場面に瞬時に移動できる「頭出し」機能も画期的でした。さらに、ディスク自体がコンパクトで場所を取らず、テープのように切れたりカビが生えたりする心配が少ないという耐久性の高さも、DVDへの移行を後押ししました。

DVDの登場で劣勢に立たされたVHSですが、決定的な打撃となったのは、2000年代に本格化した社会全体のデジタル化の波でした。
一つは、テレビ放送のデジタル化です。2011年にアナログ放送が終了し、地上デジタル放送へ完全に移行したことで、アナログ記録方式であるVHSはその役割を終えることになります。高画質なデジタル放送を録画するには、DVDや、その後登場した大容量のハードディスク(HDD)、さらに高精細なブルーレイディスク(BD)といったデジタル記録メディアが必要不可欠でした。

もう一つは、インターネットの爆発的な普及です。高速なブロードバンド回線が一般家庭に行き渡ると、YouTubeに代表される動画共有サービスや、Netflixなどの定額制動画配信サービスが台頭しました。これにより、「物理的なメディアを所有・レンタルする」という映像視聴の概念そのものが大きく変化したのです。人々は、膨大なコンテンツを、いつでもどこでも手軽に楽しめるようになりました。

こうした技術革新と視聴環境の変化の中で、VHSはその存在価値を次第に失っていきました。主要な電機メーカーはVHSデッキの生産から相次いで撤退し、2016年、最後まで生産を続けていた国内メーカーが生産を終了したことで、約40年にわたるその歴史に静かに幕が下ろされました。
VHSは、デジタル化という大きな時代のうねりの中で、より便利で高性能な後継メディアにその座を譲り、私たちの前から姿を消し、技術の進歩がもたらした必然的な世代交代だったと言えます。