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静水圧による高圧円偏光発光(CPL)計測系(概念図)
静水圧による高圧円偏光発光(CPL)計測系(概念図)

近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)応用化学科教授 今井喜胤(いまいよしたね)、同准教授 北松瑞生、日本分光株式会社(東京都八王子市)鈴木仁子らの研究グループは、静水圧※1 (100MPa)という高圧環境下での円偏光発光の計測に世界で初めて成功しました。
円偏光発光は次世代のセンシング技術や光通信技術への応用が期待される重要な光学現象であり、温度や溶媒などの環境条件によって変化することが知られていますが、高圧環境を用いた研究は未踏の領域でした。本研究成果により、溶液中の光学的な活性を圧力で操作・評価できる新たなプラットフォームの構築が可能になるとともに、極限環境でのセンサー技術や圧力応答型の表示・認証、環境変動を検知する光学技術、さらには次世代光通信技術などへの応用が期待されます。
本件に関する論文が、令和7年(2025年)9月8日(月)に、日本化学会の国際的な学術誌である”Chemistry Letters(ケミストリーレターズ)”にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●世界で初めて、静水圧100MPaという高圧環境下での円偏光発光の計測に成功
●圧力で発光材料の光学的活性を操作・評価できる新たなプラットフォームを構築
●極限環境でのセンサー技術や圧力応答型の表示・認証、環境変動を検知する光学技術など、多様な応用が期待される研究成果
【本件の背景】
特定の方向に振動する光を「偏光」といい、中でも円偏光はらせん状に回転する特殊な光で、次世代のセンシング技術や光通信技術への活用が期待されています。円偏光発光は光学活性※2 な物質から生じますが、その特性は温度や溶媒など環境条件に左右されます。さまざまな環境条件のなかでも、圧力は物質の電子状態や分子配置に大きな影響を与えるため、特殊な圧力条件下では円偏光発光に新しい特性や原理を引き出せる可能性があります。また、高圧下での円偏光発光測定は、外部環境が物質の電子状態や発光機構をどのように変化させるかを理解する上でも重要です。しかし、これまで溶液中における「高圧」という極限環境を利用した円偏光発光に関する研究は行われていませんでした。
【本件の内容】
研究グループは、発光材料として8種類の分子を合成し、溶液中での円偏光発光を100MPa下で測定しました。その結果、従来の大気圧下で観測される円偏光発光を、100MPaの静水圧下においても明瞭に観測することに成功しました。また、圧力によって発光の強度低下や微小な波長変化が生じることも確認しました。ここから、溶液中での光学的な活性を「圧力」で調整・評価できる新手法を構築することに成功しました。
本研究成果が、今後、圧力による発光特性の制御や新しい発光原理の発見につながり、次世代の光センサー技術や光通信技術へ応用されることが期待されます。
【論文掲載】
掲載誌 :Chemistry Letters(インパクトファクター:1.1@2024)
論文名 :Circularly Polarized Luminescence from Bipyrenyl Peptides under High Pressure
     (高圧下ビピレンペプチドからの円偏光発光)
著者  :小野純護1、佐古遥香1、藤澤和香1、北松瑞生1*、鈴木仁子2、今井喜胤1*
     *責任著者
所属  :1 近畿大学大学院総合理工学研究科、2 日本分光株式会社
DOI   :10.1093/chemle/upaf170
論文掲載:https://doi.org/10.1093/chemle/upaf170
【本件の詳細】
研究グループは、2つのピレン環※3 を導入し、その間隔を段階的に変化させた計8種類(DD/LL)のキラルオリゴペプチド※4 を合成しました。これらをジクロロメタン溶液中で用い、フォトルミネッセンス※5 (PL)および円偏光発光(CPL)を、静水圧100MPaという高圧条件下で測定しました。測定には、YAG窓高圧セル※6 とCPL-300円偏光ルミネッセンス測定システムを組み合わせた高圧CPL計測系を使用しました。
まず大気圧下では、モノマー※7 由来のPL(379-396nm)に加え、エキシマー※7 由来のPL(460-470nm)と、その鏡像関係を示すエキシマー由来CPL(λCPL 461-469nm)を観測しました。さらに、100MPaの高圧下においても、エキシマー由来CPL(λCPL 461-485nm)を明瞭に検出することに成功しました。大気圧下から高圧下に条件が変化することで、エキシマー由来CPLの波長がわずかに長波長側にずれる微小レッドシフトが見られたうえ、エキシマーPL強度比に応じてCPL強度も低下し、圧力によりピレン環が積み重なる構造が変化して発光に必要な配置が部分的に崩れることを示唆しました。
以上の結果から、溶液中の光励起状態におけるキラリティ※8 を、「圧力」という外部要因で制御・評価できる汎用的なプラットフォームを初めて実証しました。
【研究者のコメント】
今井喜胤(いまいよしたね)
所属  :近畿大学理工学部応用化学科 近畿大学大学院総合理工学研究科
職位  :教授
学位  :博士(工学)
コメント:
今回の成果により、これまで観測が難しかった”極限環境下での励起状態のキラリティ”を直接的に捉えることができました。圧力を利用した定量的な応答解析は、極限環境センシングや圧力駆動型光学機能の設計に向けた大きな一歩になると考えています。
【研究支援】
本研究は、科学研究費補助金 基盤研究(B)(課題番号 JP23H02040)、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST研究領域「独創的原理に基づく革新的光科学技術の創成」(研究総括:河田聡)研究課題「円偏光発光材料の開発に向けた革新的基盤技術の創成」(研究代表者:赤木和夫)によって実施されました。
【用語解説】
※1 静水圧:液体で一様に加える圧力。本研究では溶液中でのCPL測定に適用。
※2 光学活性:物質が直線偏光の偏光面を回転させる性質(旋光性)があるとき、この物質は光学活性であるという。
※3 ピレン環:ベンゼン環が4個、菱形のように結合した平面構造を持つ。ピレン環は蛍光を発する性質があり、これを利用して、さまざまな分野で活用されている。
※4 キラルオリゴペプチド:2~10個程度のアミノ酸で構成されるオリゴペプチドのうち、鏡像異性体を持つキラルな分子構造を持つペプチド。
※5 フォトルミネッセンス:光子を吸収した物質において、励起された電子が基底状態に戻る際に発光する現象。蛍光とリン光とがある。
※6 YAG窓高圧セル:高い機械強度と光学透明性を持つYAG(Y3Al5O12)窓を備えた光学セル。
※7 モノマー、エキシマー:モノマーは単一の分子、エキシマーは二つの発光部位・発光材料が励起状態で会合して生じる発光体。
※8 キラリティ:鏡面対称(左手と右手のような鏡像関係)の構造をもつ性質。
【関連リンク】
理工学部 応用化学科 教授 今井喜胤(イマイヨシタネ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/362-imai-yoshitane.html
理工学部 応用化学科 准教授 北松瑞生(キタマツミズキ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/364-kitamatsu-mizuki.html
理工学部
https://www.kindai.ac.jp/science-engineering/

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