鹿児島大学農学部の吉田 理一郎 准教授の研究グループは、植物が放出する香り成分の一つである安息香酸メチル(Methyl benzoate:MB)が、植物の防御反応を活性化する新たな空気中シグナルとして機能することを明らかにしました。この成果は、植物同士が香りを利用して危険を伝え合う仕組みの理解を進めるものであり、環境にやさしい病害虫防除技術などへの応用が期待されます。本研究成果は、2026年7月15日に、植物科学分野で権威ある国際学術雑誌「Plant, Cell & Environment」にオンライン掲載されました。
URL: https://doi.org/10.1111/pce.70754

【発表のポイント】
● 植物が夕方から夜にかけて放出する香り成分「MB」が、植物の防御反応を活性化する新たな空気中シグナルとして働くことを明らかにしました。

● MBは植物免疫の中心制御因子であるNPR1を介して防御遺伝子を活性化しますが、従来よく知られていた揮発性シグナルであるサリチル酸メチル(Methyl salicylate:MeSA)とは異なる応答パターンを示すことを発見しました。

● 本成果は、植物が香りを利用して周囲と情報を共有する仕組みの理解を大きく前進させるものであり、環境負荷の少ない病害虫防除技術や持続可能な農業への応用が期待されます。

【概要】
植物は病害虫の攻撃を受けると様々な香り揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds:VOC)を放出し、周囲の植物に危険を伝えることが知られています。しかし、防御シグナルとして詳しく解析されている香り成分は限られていました。
本研究では、MBが夕方から夜にかけて多く放出されることを見いだし、この香りを受け取った植物では防御遺伝子が活性化されることを発見しました。また、その応答は植物免疫の中心制御因子であるNPR1を必要とする一方、従来知られているMeSAとは異なる特徴を示すことも明らかとなりました。
本成果は、植物が香りを利用して防御情報を伝達する新たな仕組みを示したものであり、植物間コミュニケーション研究に新たな展開をもたらすものです。

【研究の背景】
植物は動くことができません。そのため、病害虫や乾燥など様々な環境変化に対応するため、多様な情報伝達システムを発達させてきました。その一つが、空気中へ放出される揮発性有機化合物による植物間コミュニケーションです。植物が放つ香りを周囲の植物が受け取り、防御反応をあらかじめ準備することが知られています。しかし、その分子メカニズムが明らかになっている揮発性シグナルは非常に限られていました。
MBは花の香り成分として古くから知られ、昆虫との関係についても研究されてきました。しかし、植物自身の防御シグナルとして働くかどうかは分かっていませんでした。

【研究成果】
研究グループはトマトを用いて植物が放出する香りを解析した結果、MBは夕方(ZT12-16、明期開始から12~16時間後)に最も多く放出されることを発見しました。さらにMBを植物へ処理すると、防御関連遺伝子(PR1、PR2、PR5)の発現が活性化されました。また、シロイヌナズナ変異体を用いた解析により、この応答には植物免疫の中心制御因子であるNPR1が必要であることを明らかにしました。さらにRNAシーケンスを用いた網羅的発現解析では、MBは従来知られているMeSAとは一部異なる遺伝子群を誘導し、防御応答の時間変化も異なることが確認されました。
これらの結果は、MBがMeSAとは異なる特徴を持つ新たな揮発性防御シグナルである可能性を示しています。

【今後の展望】
本研究は、植物が香りを利用して周囲の植物と情報を共有する仕組みを理解するうえで、新たな一歩となる成果です。研究グループでは現在、香りによる情報伝達だけでなく、共通菌根菌ネットワーク(Common Mycorrhizal Networks)や葉面微生物との相互作用を含めた植物間コミュニケーションの全体像の解明を進めています。
将来的には、植物が本来持つ情報伝達システムを利用することで、農薬への依存を減らし、環境負荷の少ない持続可能な農業技術の開発につながることが期待されます。

【掲載論文】
これらの研究成果は、2026年7月15日に国際学術雑誌「Plant, Cell & Environment」に掲載されました。

<タイトル>
Methyl benzoate acts as a dusk-associated airborne cue activating NPR1-dependent defense signaling

<著者>
Riichiro Yoshida, Nguyen Thi Duyen, Nao Shimomai, Yuma Tanaka

<DOI>
https://doi.org/10.1111/pce.70754

本研究は、鹿児島大学大学院連合農学研究科先進的研究推進事業、ならびに岩谷科学技術研究助成の支援を受けて実施されました。

【用語解説】
●安息香酸メチル(Methyl benzoate:MB)
植物が放出する揮発性有機化合物の一つ。花の香り成分として知られるが、本研究では植物の防御シグナルとしての新たな役割を明らかにした。

●NPR1
植物免疫を制御する中心的なタンパク質で、防御遺伝子の発現を活性化する「司令塔」として働く。

●揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds:VOC)
植物が空気中へ放出する香り成分の総称。植物間コミュニケーションや昆虫との相互作用など、さまざまな役割を担う。

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図1.本研究の概要 MBは夕方から夜にかけて植物から多く放出され、この香りを受け取った植物では防御遺伝子が活性化される。また、その応答は植物免疫の中心制御因子であるNPR1を必要とする一方、従来知られているMeSAとは異なる特徴を示す。

【鹿児島大学について】
鹿児島大学は、9つの学部と9つの大学院研究科を擁する、南九州における最高学府です。南九州から南西諸島など南北600キロに及ぶ県土を本学のキャンパスとして、そこにある自然・歴史・風土・産業を土台に活動しています。地域とともにある大学として「知」と「智」の力をもって、“進取の精神で、地域と世界の未来に挑む教育研究拠点”となることを目指して進んでまいります。

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