映像エンターテインメントの歴史において、記録媒体の世代交代は通常、旧規格の完全なる駆逐を伴って進行してきました。VHSからDVDへの移行は、その最も顕著な成功例です。磁気テープによるアナログ記録から、光ディスクによるデジタル記録への転換は、巻き戻しの不要化、省スペース化、物理的劣化の排除、そしてランダムアクセスやインタラクティブメニューの導入といった、消費者にとって極めて明白で劇的な利便性の向上をもたらしました。
しかし、2006年に登場した次世代光ディスク規格「Blu-ray Disc(ブルーレイディスク)」と、先行する「DVD」との間には、この完全な世代交代が起きませんでした。Blu-rayは、競合規格であったHD DVDとの苛烈なフォーマット戦争を制し、高画質・大容量メディアとしてのデファクトスタンダード(事実上の標準)の地位を確立したにもかかわらず、今日に至るまでDVDを市場から完全に排除するには至っていません。米国市場における2024年の物理メディア全体の売上予測が10億ドルを割り込むと推定される中、依然としてDVDは一定の販売枚数シェアを維持しており、とりわけ日本市場のレンタル分野においては圧倒的なシェアを保持し続けています。
この記事では、優れた技術的仕様と業界の強力なバックアップを持っていたBlu-rayが、なぜDVDを完全に置き換えることができなかったのかについて、経済的、技術的、消費者心理的、そして市場構造的な観点から多角的に分析します。この「不完全な世代交代」の背景には、フォーマット戦争による市場形成の遅れ、アップスケーリング技術による技術的差異の縮小、ストリーミング配信の台頭による「利便性の法則」の支配、そしてPCやカーナビゲーションシステムといった周辺エコシステムでの普及失敗という複合的な要因が絡み合っています。
次世代DVDフォーマット戦争:市場形成の遅れと消費者心理の凍結
Blu-rayがDVDを即座に置き換えられなかった最大の歴史的要因は、2006年から2008年にかけて繰り広げられた「次世代DVDフォーマット戦争」にあります。ソニー、パナソニックなどが主導する「Blu-ray Disc」陣営と、東芝、マイクロソフトなどが主導する「HD DVD」陣営が、互いに互換性のない規格を市場に同時投入したことで、深刻な市場の分断が発生しました。
両規格は共に、従来のDVDで使用されていた波長650nmの赤色レーザーに代わり、中村修二氏が開発した波長405nmの青紫色レーザーダイオードを採用することで、ディスク上のデータピット(くぼみ)を微細化し、飛躍的なデータ記録密度の向上を実現しました。しかし、アプローチには決定的な違いがありました。Blu-rayが新設計の0.1mm保護層を採用し、2層で50GBという大容量を実現した一方で、HD DVDは従来のDVDと同じ0.6mm保護層を維持し、容量は2層で30GBに留まるものの、既存のDVD製造ラインを流用できるため製造コストを大幅に低く抑えられるという強みを持っていました。
| 比較項目 | Blu-ray Disc | HD DVD |
| 主導企業 | ソニー、パナソニック、シャープ | 東芝、マイクロソフト、NEC |
| 保護層の厚さ | 0.1mm | 0.6mm(DVDと同等) |
| 記録容量(1層 / 2層) | 25GB / 50GB | 15GB / 30GB |
| 主な支持スタジオ(2007年) | ソニー・ピクチャーズ、ディズニー、20世紀フォックス | ユニバーサル、パラマウント |
| 初期プレーヤー価格 | 比較的高価(約1000ドル〜) | 比較的安価(約500ドル〜) |
表1:Blu-rayとHD DVDの初期フォーマット戦争における主要仕様と陣営構造の比較
プラットフォームビジネスや規格競争において、ハードウェアの普及とソフトウェア(コンテンツ)の充実は「鶏と卵」の関係にあります。これを経済学では「間接的ネットワーク外部性」と呼びます。消費者は、十分な映画タイトル(ソフトウェア)が供給されない限り高価な再生機器(ハードウェア)を購入せず、映画スタジオ側も十分なハードウェアが普及しない限りタイトルを供給しません。
Blu-rayとHD DVDの規格争いは、このネットワーク外部性の構築を著しく阻害しました。調査会社Penn, Schoen and Berland Associatesが実施した世論調査によれば、1200人の消費者のうち58%がBlu-rayを支持し、HD DVD支持は16%に留まったものの、26%は「未定」と回答しました。ハリウッドの主要映画スタジオや小売業者が両陣営に二分されたため、消費者は「どちらの規格が生き残るか分からない(=購入したハードウェアやソフトが無駄になるリスクがある)」という不確実性に直面し、購入を控える「静観(Wait-and-see)」の姿勢を取りました。
KalishとLilienの技術受容モデルが示唆するように、消費者は経験財(実際に消費してみなければ価値が分からない財)に対する技術的不確実性を認識した場合、採用に強い抵抗を示します。このフォーマット戦争は、PlayStation 3へのBlu-rayドライブ標準搭載というソニーの戦略的投資や、2008年初頭のワーナー・ブラザースによるBlu-ray単独支持への方針転換、そして世界最大の小売業者であるウォルマートのHD DVD段階的廃止決定により、2008年2月の東芝のHD DVD事業撤退という形で終結しました。しかし、この2年間の遅れは、DVDから次世代メディアへの移行のモメンタム(勢い)を完全に削ぎ、直後に押し寄せたストリーミングの波に対して物理メディアの防衛線を脆弱にする結果を招きました。
「Good Enough(これで十分)」の罠:技術的優位性と知覚価値の乖離
Blu-rayがDVDを置き換えられなかった第二の理由は、一般消費者にとってDVDの画質や利便性がすでに「必要十分(Good Enough)」な水準に達していた点です。
前述の通り、VHSからDVDへの移行は、アナログからデジタルへの飛躍であり、画質の向上だけでなく、物理的な扱いやすさ(巻き戻し不要、省スペース、チャプター機能、ランダムアクセス、劣化の少なさ)において圧倒的な付加価値を提供しました。これに対し、DVDからBlu-rayへの移行は「標準画質(SD)から高画質(HD)への解像度の向上」と「ロスレスオーディオへの対応」という、純粋なオーディオ・ビジュアル品質の向上に留まっていました。
消費者の多くは、この画質・音質の向上に対して、プレーヤーの買い替えやソフトの再購入という多大な金銭的コストを支払うだけの「差」を見出せませんでした。特にBlu-ray普及初期においては、1080p(フルHD)の解像度を完全に引き出せる大型のHDテレビや、ホームシアター用の高品質な音響設備を所有している家庭は限定的であったため、その技術的優位性を体感できる環境自体が整っていませんでした。英国の消費者保護団体「Which?」の調査によれば、17本の映画をDVDとBlu-rayで比較した結果、Blu-ray版がDVD版に対して「例外的に優れた違い」を示したと感じた消費者は3分の1未満であり、約半数の作品において、その違いは「わずか」あるいは「実質的に差がない」と評価されました。
DVDの延命を決定づけた技術的要因として「アップスケーリング(アップコンバート)機能」を備えた安価なDVDプレーヤーの台頭が挙げられます。アップスケーリングとは、DVDの標準解像度(480i/480p)の映像信号に対し、補間処理を行って擬似的に高解像度(720p、1080i、1080p)に変換してテレビに出力する技術です。
2008年第1四半期の米国市場において、Blu-rayプレーヤーの販売が伸び悩む中、アップスケーリング対応DVDプレーヤーの販売台数は前年同期比で5%増加しました。当時、Blu-rayプレーヤーが300ドルから400ドルと高価であったのに対し、アップスケーリングDVDプレーヤーはわずか70ドル程度で購入可能でした。一般の消費者にとって、HDMIケーブル1本で接続でき、手持ちのDVDコレクションをHDテレビ上で「そこそこ綺麗に(擬似HD画質で)」再生できるアップスケーリングDVDプレーヤーは、コストパフォーマンスの観点から最も合理的な選択肢でした。
また、すべてのBlu-rayプレーヤーや次世代ゲーム機が、従来のDVDを再生できる「後方互換性(Backward Compatibility)」を備えていたことも、皮肉な結果をもたらしました。後方互換性は消費者のハードウェア移行を促すための必須機能でしたが、同時に「Blu-rayプレーヤーを買っても、安価なDVDソフトを買い続ければよい」という行動を容認することとなりました。映画スタジオ側も、既に世界中に普及しているDVDプレーヤー市場からの巨大な利益を手放すことができず、新作映画のDVD版とBlu-ray版を併売し続けました。もし業界全体が、2010年頃を境にDVDの供給を段階的に打ち切り、Blu-rayのみの販売へと強硬に移行していれば結果は異なっていたかもしれませんが、最も安価で品質の低いフォーマットを棚に残し続ける戦略は、消費者のフォーマット移行の習慣を凍結させてしまったのです。
破壊的イノベーションの衝突:ストリーミングと「利便性の法則」
物理メディア市場の動態を決定づけたのは、フォーマット戦争の勝敗ではなく、外部から到来した「ストリーミング」という破壊的イノベーションでした。市場の動態を分析する上で、「利便性の法則(The Convenience Law)」という概念は極めて重要です。消費者は、新しい技術やフォーマットを選択する際、「絶対的な品質の高さ」よりも「アクセスのしやすさや利便性」を圧倒的に優先する傾向があります。
| 年代 | 米国物理メディア売上規模 | ユニット構成比(DVD vs Blu-ray) | 市場の主要な動向・環境変化 |
| 2006年 | 約166億ドル(ピーク) | DVD圧倒的優位 | NetflixがDVD郵送レンタルからストリーミングへ移行準備 |
| 2014年 | 約101億ドル | DVD 57.9% / BD等 42.1% | ストリーミング台頭前夜の安定期 |
| 2016年 | 約76億ドル | DVD 49% / BD等 51% | Blu-rayが一時的にDVDの売上シェアを逆転 |
| 2017年 | 約62億ドル | ー | デジタルダウンロードが物理メディアの売上を初逆転 |
| 2020年 | 約18.5億ドル | DVD 63% / BD 37% | コロナ禍による巣ごもり需要も、デジタル販売が物理を凌駕 |
| 2024年(推計) | 約9億ドル | UHD BD 16.2% | ピーク時から94%減。Best Buyなどの主要小売業者が撤退 |
表2:米国市場における物理メディア売上規模と主要な市場動向の推移(2006−2024)
音楽産業において、カセットテープがアナログレコードを、MP3がCDを駆逐した歴史が示すように、映像産業においても全く同じ現象が起きました。Blu-ray(およびその後の4K UHD Blu-ray)は、映像のビットレート(データ転送量)や非圧縮のイマーシブオーディオ(Dolby Atmos、DTS:Xなど)の面で、ストリーミング配信を遥かに凌駕する品質を持っています。通常、ストリーミングサービスの4K映像のビットレートは帯域制限の都合上15〜25Mbps程度に圧縮されていますが、4K UHD Blu-rayは最大128Mbpsのビットレートを誇ります。
しかし、一般大衆にとって、テレビの電源を入れ、リモコンのボタンを数回押すだけで即座に再生が始まるNetflixやAmazon Prime Videoの魅力には抗えませんでした。ディスクを実店舗に買いに行き(または郵送を待ち)、パッケージを開け、プレーヤーに挿入し、スキップ不可能な著作権警告やトレーラー映像、複雑なメニュー画面を操作するというプロセスは、現代のスピード感において「過剰な摩擦(フリクション)」となったのです。
その結果、2017年にはデジタルダウンロード販売が初めて物理メディアの売上を逆転し、消費者は映像コンテンツを「所有する」ことから「一時的に消費する(アクセスする)」ことへと価値観を転換させました。物理メディアは、手軽で安価なエンターテインメントを求める層からは見放され、一部のシネマファイル(映画愛好家)やオーディオビジュアル愛好家だけが支えるニッチ市場へと急速に縮小していきました。
製造コストと特許ライセンスの経済学:サプライサイドのジレンマ
需要側(消費者側)の要因だけでなく、供給側(メーカーやスタジオ)の経済的動機も、DVDの生存を強力に後押ししてきました。
DVDの製造インフラは2000年代初頭にはすでに完全にコモディティ化(大衆化・陳腐化)しており、ディスク1枚あたりのプレス費用や、再生機器の製造コストは底値に達していました。これに対し、Blu-rayは青色レーザーダイオードなどの精密部品を要し、製造コストが根本的に高かったのです。
さらに重要なのが「ライセンス(特許)費用」の問題です。DVDプレーヤーのライセンス料(DVD6Cなどのライセンスグループによる)が下落し、ディスク1枚あたりの費用が4セント程度にまで低下したのに対し、Blu-ray技術を採用するためには、Blu-ray Disc Association(BDA)を構成する特許権者(ソニー、パナソニック、フィリップスなど)に対し、プレーヤー1台あたり約9.50ドル、録画機器で14ドル、さらにディスク1枚につき0.11〜0.15ドルのロイヤリティを支払う必要がありました。
映画スタジオや配給会社にとっても、DVDの製造コストは1枚あたり数セントから数十セントの世界であるのに対し、Blu-ray(特に2層のBD-50や、近年の4K UHD Blu-ray)のオーサリング(メニュー画面作成等の編集作業)およびプレス費用は非常に高額となります。1000枚の小ロット生産であっても、1万ドルから2万ドル以上の費用がかかるケースが存在します。
したがって、スーパーのワゴンセールで販売されるような数百円の廉価版映画や、画質を問わない子供向けの教育ビデオ・アニメーションなどを物理メディアで流通させる場合、利益率を確保するためには製造単価とライセンス料が極めて低いDVDを採用するのが、サプライサイドにとって唯一の経済的合理性でした。Blu-rayは、その高いライセンス構造と製造コストゆえに、自ら「安価なコモディティ市場」へ降りていくことができず、結果としてDVDの存続を許容せざるを得なかったのです。
周辺エコシステムにおける浸透の失敗:PCと車載デバイスの壁
Blu-rayが一般層の生活インフラとして定着しなかった決定的な理由として、再生エコシステム(視聴環境)の構築に失敗したことが挙げられます。特に、「パーソナルコンピュータ(PC)」と「カーナビゲーションシステム」という2つの巨大な再生環境において、Blu-rayはDVDを駆逐することができませんでした。
PC市場における規格採用の失敗とクラウドへの移行
DVDの時代、PCにはDVD-ROMドライブが標準搭載され、PC上で映画を視聴したり、データをバックアップしたりすることが日常的に行われていました。しかし、ノートPCなどにBlu-rayドライブが標準搭載されることはほとんどありませんでした。
第一の理由は「コスト」です。Blu-rayの光学ドライブ自体がDVDドライブに比べて製造コストが高く、安価なノートPCの価格を押し上げる要因となりました。 第二の理由は「ソフトウェアとDRM(デジタル著作権管理)」の高い壁です。WindowsやMac OSは、標準状態ではBlu-rayの映画ディスクを再生する機能を備えていませんでした。Blu-rayはAACS(Advanced Access Content System)やHDCP(High-bandwidth Digital Content Protection)といった極めて強固なコピーガード規格を採用しており、これを復号して再生するためには、PCのハードウェア(CPU、GPU、ディスプレイ)のすべてがHDCPに対応している必要があり、さらに「PowerDVD」のような高価なサードパーティ製再生ソフトウェアを別途購入・インストールする必要がありました。
このプラグ・アンド・プレイ(挿せばすぐ動く)の対極にある複雑さと追加コストは、PCユーザーをBlu-rayから遠ざけました。同時に、大容量のUSBフラッシュメモリやクラウドストレージが普及したことで、データ保存用途としての光学ドライブ自体の存在意義が消滅し、AppleをはじめとするメーカーはPCから光学ドライブそのものを排除する方向へと舵を切りました。
カーナビゲーションシステムにおける物理的・技術的障壁
日本市場において特に顕著なのが、自動車内での映像視聴文化です。日本のドライバーや同乗者は、渋滞時の暇つぶしや長距離ドライブ中の子供の娯楽として、カーナビゲーションの画面でテレビ番組やDVDを視聴する習慣が強く根付いています。しかし、この巨大な車載エンターテインメント市場においても、Blu-rayは普及しませんでした。
理由は純粋に物理的・技術的な課題に基づきます。
1.耐振動性と温度変化の問題:Blu-rayはDVDの約5倍以上(データ転送レートは54Mbps対10.08Mbps)のデータを同じ12cmのディスクに記録するため、データピットが極めて微細であり、読み取りには高い精度が要求されます。しかし、走行中の自動車内は激しい振動や衝撃、急激な温度変化に晒される過酷な環境です。この環境下でBlu-rayの安定した読み取りを保証する車載用光学ドライブを製造するためには、高度な防振機構や耐熱設計が必要となり、製造コストが跳ね上がります。一部のメーカー(パナソニックなど)がBlu-ray対応ナビを投入しましたが、製品価格は1000ドルから1700ドルにも達し、一般普及には至りませんでした。 2.ディスプレイ解像度の無意味さ:多くのカーナビゲーションシステムの画面サイズは7〜9インチ程度であり、その解像度は長らく800×480ピクセル(WVGA)程度に留まっていました。この解像度はDVDの標準画質を表示するには十分ですが、Blu-rayのフルHD画質(1920×1080)の恩恵を受けることは物理的に不可能です。画面が小さく解像度も低い車内環境において、高価なBlu-ray対応ナビを導入するメリットは皆無でした。 3.ディスクの脆弱性:Blu-rayディスクの読み取り面は保護層が0.1mmと非常に薄く(DVDは0.6mm)、表面の傷や指紋、汚れに対してDVDよりも遥かにデリケートです。車内での雑な取り扱いやホコリの多い環境は、容易に読み込みエラーを引き起こす原因となりました。
結果として、家族旅行などで子供にアニメを見せるような用途においては、安価で取り扱いが雑でも再生でき、どの車にも搭載されているDVDプレーヤーが「最も確実なメディア」として君臨し続けたのです。
グローバル市場の崩壊と日本市場の特異な二極化
Blu-rayがDVDを完全には駆逐できなかった結果、現在の物理メディア市場はどのような構造になっているのでしょうか。グローバルな市場の縮小傾向と、世界でも特異な動向を示す日本市場の統計データを比較することで、その実態が浮き彫りになります。
前述の通り、米国を中心とする世界のホームエンターテインメント市場において、物理メディア(DVDおよびBlu-ray)の売上は壊滅的な減少を記録しています。しかし、日本市場はグローバルなトレンドとは明らかに異なる特異なエコシステムを形成しています。一般社団法人 日本映像ソフト協会(JVA)が発表した「2023年 ビデオソフトの売上」統計によれば、日本国内の物理メディア市場はストリーミングの普及にもかかわらず、依然として約1152億円という巨大な市場規模を維持しています。
日本市場における最大の特徴は、「売上金額」ではBlu-rayが圧倒していますが、「販売数量(枚数)」や「レンタル市場」においては未だにDVDが主役であるというパラドックスです。
| 指標(2023年実績) | 合計 | Blu-ray(Ultra HD含む) | DVDビデオ |
| 全体売上金額 | 1152億3500万円 | 739億1100万円(シェア 64.1%) | 413億2400万円(シェア 35.9%) |
| 全体販売数量 | 2680万6178枚 | 1240万9650枚(シェア 46.3%) | 1439万6528枚(シェア 53.7%) |
| 個人向け販売(セル)金額 | 1056億8500万円 | 726億9400万円(シェア 68.7%) | 329億9100万円(シェア 31.3%) |
| レンタル店用売上金額 | 82億1400万円 | 4億500万円(シェア 4.9%) | 78億900万円(シェア 95.1%) |
表3:JVA 2023年 ビデオソフト売上統計に基づく日本市場のBlu-rayとDVDのシェア比較
2026年最新動向(2025年通年実績):市場のさらなる縮小とレンタル市場の地殻変動
2026年2月に日本映像ソフト協会(JVA)から発表された2025年の年間統計データによると、日本国内のビデオソフト全体の売上は約812億円(前年比83.5%)となり、市場規模の縮小が続いています。しかし、その中でBlu-rayの売上金額シェアは69.8%に達し、前年よりさらに拡大しています。
ジャンル別に見ると、「日本のアニメーション」の87.2%、「洋画」の87.1%をBlu-rayが占めており、プレミアムな品質を求める分野でのBlu-ray一極集中が加速しています。一方、販売用DVDの売上を牽引しているのは「音楽(邦楽)」であり、DVD売上の56.4%を占めています。
最も注目すべき変化は、長年DVDの独壇場であったレンタル市場における地殻変動です。2025年のレンタル店用全体売上が約50億7600万円(前年比78.4%)に落ち込む中、レンタル市場におけるBlu-rayの売上シェアが前年の7.3%から30.7%へと急拡大しました。対照的に、DVDのレンタル店用売上は前年比58.7%と激減しており、ついに日本のレンタル市場においてもDVDの圧倒的優位が崩れつつあることが示されています。
アニメ・音楽ライブ市場に牽引されるBlu-rayのプレミアム化
日本市場でBlu-rayが金額ベースで高いシェアを占めている最大の理由は、日本独自の「アニメ」および「音楽(アイドル等のライブ映像)」という強固なファンダム(熱狂的ファン層)の存在です。これらのジャンルのファンは、推しのアーティストや作品を最高の画質・音質で「所有」すること自体に価値を見出しており、初回限定版などの高額なBlu-rayボックス(数万円単位)を購入する傾向が強いのです。
Blu-rayの売上の大半が「個人向け販売(セル)」で占められていることからも、これが完全に「高付加価値なコレクター向けビジネス」として成立していることがわかります。日本のアニメBlu-rayは海外からも注目され、高価格帯でありながら二次流通市場でも高い価値を維持しています。
レンタル市場を支配し続けるDVDの耐久性と普遍性
一方、日本特有の現象として注目すべきは「レンタル市場」における長年のDVDの圧倒的支配です。TSUTAYAやGEOといった実店舗のレンタルビデオチェーンは長年にわたり日本の映像流通のインフラでしたが、2023年の段階ではレンタル店用売上の実に95.1%がDVDによるものでした。最新の統計でこそBlu-rayが伸びつつあるものの、長きにわたりレンタル市場でBlu-rayが普及しなかったことには明確な理由があります。
TSUTAYA等の店舗では、DVDとBlu-rayのレンタル料金は同一に設定されていることが多く、消費者が価格面で意図的に画質の劣るDVDを選んでいるわけではありません。原因は店舗側と消費者側の双方の事情によります。
第一に、前述の通り、PCやカーナビ、安価なポータブルDVDプレーヤーなど、各家庭に存在する再生デバイスの多くがBlu-rayに非対応であったため、ファミリー層などが「どこでも確実に再生できる」DVDを無難な選択として手に取ったことです。 第二に、レンタル用のディスクは不特定多数のユーザーによって過酷に扱われるため、ハードコーティングが施されているとはいえ、傷や汚れにシビアなBlu-rayは再生不良(読み込みエラー)を起こすリスクが高く、店舗側にとっても顧客トラブルの元になりやすかったことです。 第三に、Blu-rayにはスキップ不可能な長いトレーラーや著作権警告が強制挿入される仕様(UOPs)が多用されており、これが消費者の利便性を著しく損ねていたというユーザーエクスペリエンス上の欠陥も指摘されています。
このように、日本市場においては「高品質・高単価・所有目的のBlu-ray」と「低解像度・低単価・消費/レンタル目的のDVD」という、明確な棲み分け(市場の二極化)が発生しました。Blu-rayはDVDを置き換えたのではなく、DVDの上に新たな「プレミアム階層」を増築したに過ぎないと言えます。
結論:敗北ではなく、役割の再定義
「なぜBlu-rayはDVDに負けたのか」という問いに対する結論は、「Blu-rayが技術的に劣っていたから」でも、「プロモーションに失敗したから」でもありません。Blu-rayは、映像記録媒体が「日用品(コモディティ)」から「嗜好品(プレミアム)」へと移行する歴史的転換点に直面し、そのパラダイムシフトの中で自らの立ち位置を再定義せざるを得なかったのです。
本質的な要因は以下の4点に集約されます。
1.タイミングの不幸とフォーマット戦争の代償:HD DVDとの不毛なフォーマット戦争により、消費者心理を凍結させ、市場独占の機会を逃しました。その遅滞期間中に、Netflixを筆頭とするストリーミング配信という「圧倒的利便性」を持つ破壊的イノベーションに市場のパイを奪われました。 2.技術的閾値の壁と「Good Enough」シンドローム:VHSからDVDへの変化に比べ、DVDからBlu-rayへの変化(SDからHDへの解像度向上)は、アップスケーリング機能付きDVDプレーヤーの恩恵を受けた一般消費者にとって、「追加コストを支払うに値しない」程度の違いでしかありませんでした。 3.エコシステムの不一致と過剰なプロテクト:PCやカーナビゲーションシステムといった生活密着型のハードウェアにおいて、高い製造コスト、厳しいDRM、そして物理的脆弱性の問題からDVDドライブを駆逐できず、再生環境の遍在性(ユビキタス性)を獲得できませんでした。 4.サプライサイドのライセンス構造:コモディティ化したDVDに対し、Blu-rayは高額な特許ライセンス料とオーサリングコストを要求したため、廉価市場をDVDに明け渡さざるを得ませんでした。
現在、物理メディアはレコード(アナログ盤)の復活にも似た、ニッチで熱狂的な支持を集める収集品としての価値を高めています。事実、米国市場においては30〜44歳の成人の23.7%が依然として物理メディアを購入しており、4K UHD Blu-rayは前年比で成長を示すセグメントとなっています。ストリーミング配信における作品の突然の配信停止や、プラットフォーム側の都合によるコンテンツの改変・検閲への対抗手段として、「自らがコンテンツを物理的かつ最高品質で完全所有する」という手段を提供するBlu-rayの存在意義は、むしろ今後高まっていく可能性すらあります。
Blu-rayはDVDに「負けた」のではありません。すべての人々に薄く広く普及する「量」の覇権をストリーミングとDVDに譲り、最高の品質を追求する人々に愛される「質」の覇権を握ったのです。映像メディアの進化の歴史において、Blu-rayが果たした役割は、大量消費メディアの終焉とプレミアム・ニッチ市場の確立という、極めて興味深い市場の二極化現象を体現した点にあります。
